台風”一禍”

 非常に勢力の強い台風15号が突然関東地方を襲った。中心気圧965Hpという大きな台風であったが関東上陸を知ったのはその前日のことで慌てた。急いで雨戸を閉め警戒すると同時に翌朝通勤の足が乱れることを予想し、会社の皆へメール配信した。台風が通過し交通機関が動いてからの出勤とすることで良いように。しかし一夜明けてニュースをつけると首都圏の公…
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無我

私たち人間は日々様々な情報に接し影響を受ける。良いことも悪いことも起こる。これが人生なのだと言ってしまえばそうなのだろう。しかしすべてに無心になることができたなら、と時々思う。私利私欲を捨て、何事にも動じず淡々と日々を過ごす、そんなことができたなら精神的に安定した余生となるだろう。病を素直に受け入れ、抗うことなく生きよう。只管四季の移ろ…
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追われるもの

この数年毎日がただ流れていく。職場と家庭で手一杯で心の余裕が失われている。頻繁だった海外出張にも行けない。単調に時ばかりが過ぎ、趣味もこのブログの更新もできないでいる。ブログの更新にはそれなりのメンタルなエネルギーが必要。それが無かった表れだろう。家族の病気との闘いに明け暮れ、友人や仕事関係の人たちとの付き合いも夜はできない。週末はでき…
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病気との闘い

私自身と家族の記憶に残すため、今記しておかなければと思う。同じ病気や症状で苦しんでいる人やその家族にとっても参考になれば幸いである。妻が初めてうつ病と診断されたのは2011年のことである。娘が大学を受験する年の前年のことであった。原因ははっきりと分からなかったが、親しい友人の家庭問題だったかと思う。感情移入しやすい性格だった為か、自分の…
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交響曲第9番「新世界から」

私がまだ小学校5-6年生の頃、田んぼの中の片道4kmの学校帰りの一本道は私の遊び場所だった。稲刈りが終わった後稲藁にまみれ友達と茜色の空を眺めていた。遠くに見える会津の峰々に陽が落ちていく。そうすると子供だった私の胸の中でドボルザークの交響曲第9番「新世界から」第2楽章のイングリッシュホルンの芳醇で素朴な音色が響いてくるのだった。そうこ…
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懐かしい大和煮缶詰

懐かしいクジラの大和煮缶詰。子供の頃スーパーで100円均一棚にも並んでいましたが、日本が国際捕鯨委員会(IWC)に加盟後段階的に反捕鯨国の圧力もあり、南氷洋などでの商業捕鯨が禁じられ、日本沿岸の調査捕鯨で少量確保されたものと、IWC非加盟国からの輸入ものしか手に入らなくなりました。店頭に並べるだけの量が確保できないので、インターネット販…
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ニャンコ四兄弟

我が家の塀の上はネコの通り道になっている。今年の春から子猫が元気な姿を見せるようになった。写真には3匹しか映っていないが1匹隠れている。しっかり母猫の後ろを歩く姿は微笑ましくもある。この子達はおそらく生後まだ2-3カ月なのだろう。都心とまでは言えないが、我が家の近所で子猫の姿を見ることは今まで無かったので、ちょっと珍しいし、新鮮である。…
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家族の絆が生んだキャビア

友人から試食用のキャビアが届いた。彼は2003年までルーマニアのドナウデルタに生息するチョウザメの保護、増殖の研究者であったが、2004年家族と共にカナダへ移住。北東部のニューブルンスビック州の大学の教職に就いた後チョウザメ養殖場を立ち上げ、家族経営で成功した。このキャビアはウミチョウザメ(英名:Shortnose sturgeon) …
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南アフリカの秘宝

最後にご紹介しますのは、南アフリカとモザンビークの深海に棲息するタカラガイ2種です。写真(下)のリュウグウダカラガイAfrozoila fultoni fultoniは、1980年代深海魚であるミズウオの胃の中から発見されました。その時はロンドンのオークションで驚くべき値段で落札されたと聞いています。写真(上)のサラサダカラLyncin…
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日本の三名宝

日本のタカラガイも負けてはいません。フィリピン産のものに比べて地味で華やかさはありませんが、この写真の3種は深海に棲息していて稀なタカラガイです。「日本の三名宝」とも呼ばれています。(左)テラマチダカラNesiocypraea teramachii、(右上)オトメダカラHiraseadusta hirasei、(右下)ニッポンダカラ…
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フィリピンの秘宝

美しいフィリピンの宝貝。いずれも宝石ほど価値のある種類です。人が潜水して採集するには深すぎる所に棲息しているため発見される個体数が多くありません。潜水漁をしている漁師さんから手に入れたものです。写真(左上)ナンヨウダカラダイ Lyncina aurantium 、(左下)シンセイダカラガイ Leporicypraea valentia、…
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A friend inhabits in my garden

これは私の家の庭に暮らしているニホンカナヘビ Takydromus tachidromoidesのカナちゃんです。いつも同じ所に現れてこちらと目が合います。好奇心が強いらしく私の行動をこうしてじっと観察しているのです。2日前に見た時はお腹が大きかったので、何か大きなご馳走にありついたのでしょう。指先で長い尻尾に触れても逃げようとせず、頭…
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生きている化石

およそ4億5千万年前の古生代アンモナイトとほぼ同じ時代に繁栄していたオウムガイは、その時代からほぼ形を変えることなく今の時代にわずか3種のみ生息している。現在では5種を同定したという研究者がいるが、その分布はフィリピン、パラオ、ニューギニア、ニューカレドニアと南太平洋域に限られている。インド洋にありアフリカ大陸に近いマダガスカルを訪…
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がち?

2-3日前、帰りの電車の中で私の前に立っていた二人の女子高生の会話が耳に飛び込んできた。日本語なのだが私には意味が分からなかった。一人がもう一方に対して「がち?」と聞き、聞かれた方が「がち。」と答えたのだ。前後の言葉のニュアンスから想像すると「本当?」、「本当。」というのが一番しっくりきそうだが、いつの間にか知らない日本語ができているこ…
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寄る年波には勝てない

ふと気がつけば梅の蕾が膨らみ、56回目の春の訪れを迎えようとしている。最近、自分のやっていること、思考、気づきが随分と老人らしくなってきたと感じている。最近と書いてしまったが、この十数年時間の経過があまりにも早く感じているので、私の言う最近はこの十数年間ということになる。時が経つのが異様に早いのも老人化の一つであるが、物忘れが顕著である…
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普段と変わらぬ年末年始

この年末年始も普段と変わらず一日、一日こなすべきことを行い淡々と過ごした。出勤日と変わらず同じ時刻に起床し、犬を散歩に連れ、家族のケアをする。近所のスーパーに買い物に行き、できるだけ短時間で済ませる。普段滅多に掃除をしないが、汚れや埃が目立った所は掃除機をかける。洗濯機を回す。必要な時に弁当を買いに行く。自分の時間はあまりない。年末年始…
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またまた年末

ここ数年毎年あっという間に年末を迎えているので、またかという感じであるが、実に困ったものである。そして同じような記事をこの時季に書いている。正月を終え、春の選抜高校野球、プロ野球開幕。夏の甲子園。ふと気がつけば路上の木々の葉が色づき、木枯らしが吹く。クリスマスのイルミネーション?先日見たばかりだ。年賀状の印刷??コンビニに行って頼んだの…
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束の間の日本

10月14日からモルディブに来たが24日に一旦帰国し、中5日で再びモルディブへ戻ってきた。なんとも忙しいスケジュールである。日本は徐々に寒くなってきていたので、一旦帰国した際にからだが温度差調整している途中にまた熱帯へと戻される。若いと大きな問題にならないが、この歳になるとからだの調整スピードが落ち、大変疲れる。そして10日でまた初冬の…
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そんな歳になったの

若い頃やりたいことは沢山あった。気力、体力、エネルギーがあったから、決断をすればいつでも何でもできると思っていた。確かにやりたいことをし、それなりに充実した日々を過ごした。今は比べるべくもない。気力はあっても体力がついてこない、何かと気おくれがし行動できないといった状況が何年か続いている。シップを毎朝貼り換えたり、同じ時刻に欠かさず薬を…
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一歩

ここ近年、私の毎日の一歩、一歩は速いが重いと感じる。通勤途中に駅まで辿り着く時、駅の階段を上り下りする時、街の雑踏の中を行く時、その時々で一歩一歩、時を刻み、歳を重ねていくのだと意識する。決して後戻りはないのだ。だからどの一歩も貴重であるはずなのに、気が焦って踏み出している瞬間に気付くと惜しい。一歩一歩に心のゆとりを持つことができたら理…
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