トゥール・スレンの悲劇

画像

1970年代のカンボジア。ポル・ポト率いるクメール・ルージュが勢力を増し、政権を握った。そして始まった恐怖政治。当初は政権にとって潜在的脅威となる知識階級層の粛清に始まったが、ついには一般の労働者や農民までもが無差別に強制労働を強いられた。反抗する者、脱走しようとする者、病気になり労働に耐えられなくなったものは次々に処刑された。

クメール・ルージュのやり方は筆舌し難いほど罪深い。子供を思想教育して洗脳し、体制に絶対服従、逆らうものは悪者として完全懲罰の対象として子供を操る。強制労働に毎日連れて行かれる囚人(実際には何の罪もない囚われた人たち)の監視、作業を少しでも怠けた人に対する拷問、処刑、すべて10歳代の子供を使う。子供には罪の意識が無く、完全に悪者を処罰する者として正義に貢献していると思い込んでいる。

映画「キリングフィールド」の舞台となった場所は、プノンペン郊外に今は犠牲者の慰霊塔と共に人類の罪を忘れてはならないようにと展示場所として整備されている。おびただしい数の頭蓋骨が積み上げられているが、今でもその場所からは次々と白骨化した遺体がでてくると言う。“キリングフィールド”に連れていかれて処刑された人は囚人の一部で、プノンペン市内にあるトゥールスレン強制収容所内においても、凄惨な拷問と処刑が繰り返されていた。この建物は元は高等学校でそれを収容所に改装したもの。行ってみると外観は校舎のままで、各教室は畳一畳ほどに細かく間仕切りされた小部屋、というより物置のような無数の空間に改装されている。囚人が閉じ込められていた独房だ。窓はなく、照明もない。教室だった部屋と外界との間にガラス窓はないため、虫は入り放題。熱帯雨林気候なので蒸し暑く、非衛生極まりない状態だったであろう。

ポル・ポト政権が崩壊し、1982年にこの収容所が開放されたときに撮影されたと見られる、凄惨な写真が展示されている。とても凝視できない。

あまりこの話は書きたくなかったが、実際にその場所を訪れ、衝撃を受けた。これは第2次世界大戦のナチスドイツによるユダヤ人虐殺、アメリカ軍による広島と長崎への原爆投下に匹敵する人類史上最悪の犯罪であろう。自国民に手を下したという点ではもっとたちが悪い。

私はカンボジアで展開している農村復興のための事業に関与しているため、度々この地を訪れているが、知り合いか、あるいは身の回りにいるカンボジア人で、お父さんがクメール・ルージュに殺害されたとか、どこかへ連れていかれて行方不明のままの人が本当に多い。未だに正確な犠牲者の数はわかっていないのだが、この国の人口構成を見ると40歳代後半から60歳代の人が歪なまでに少ない。どのようにして自国民をこのような目に合わせることができようか。数知れない犠牲者の無念の思いを感じると共に、クメール・ルージュによって洗脳教育を受け、無知なまま犯罪に加担させられてしまった子供たちのことを考えるとやるせない思いである。洗脳教育の怖さを痛感する。
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

あずき
2008年10月13日 00:46
東南アジアの旅で検索し、たまたまブログを拝見しました。
カンボジアに行ったときついてくれたガイドさんが、「ポルポト派に両親を殺され、難民キャンプで育ちました。私たちはだまされたのです。」と、話してくれたのを思い出しました。
私と同年代のガイドさんの重い過去に絶句してしまいましたが、彼はしっかりとカンボジアの未来を語っていました。
また、カンボジアも訪れてみたいです。

この記事へのトラックバック