気配りと鈍感力

最近、鈍感力という言葉をよく聞く。仕事を遂行する上である程度必要な能力と言われている。能力というと良く聞こえるが、実際はきちんと真面目に仕事をすることの裏返しからくる概念なのだと思う。ある仕事を与えられて、誰が見ても文句のつけようが無いほど立派にやり遂げるという目標を仮に100点満点だとすれば、その100点に向って一生懸命頑張るのが正統派だ。けれども100点を狙うにはとてもエネルギーが必要だし、高い目標である。それに対して何とか及第点である60点で良し、とする考え方もある。少し余力を残しておいて、その余力の範囲で他のこともやる、という戦法だ。おそらくは鈍感力を持った人というのは、この60点で良し、という踏ん切りをつけられる人なのだろう。客観的に評価をされたら、適度に手抜きしていると見られても平気でいられる人だと思う。

現代人は皆誰でもストレスを感じ、ストレスと戦いながら仕事をしていると思う。私もたまには完璧な事をして周囲の人を驚かせたいと血迷うことがあるが、頭とハートがそんな風に器用には設計されていない。だから何とか及第点を目指し、“長く幅広く”が自分のスタイルに合っている気がする。それが自分流自然体なのだ。そう割り切ってしまえば、瞬間的に強いストレスを感じることはあっても、3日間ほどで消えるか軽減する。早ければ翌日には白紙になっている。日々、何か新しい発見はないものか、とか今日は何か楽しいことはないものか、と出勤時に思うようにしている。実際のところそんな楽しいことが毎日あるはずがないのだが。でも気持ちの持ちようで、“うぐいすの声を聞いた”とかどんな小さなことでも良いのである。

自己流鈍感力を主張している気がするが、反面気をつけなくてはならないと思うことがある。対人関係においては鈍感力を発揮してはならないのだ。これは分っていても、無意識のうちに人を傷つけていることがあるかも知れない。人の価値観、考え方は多様なのだから、いつもの調子でボウッと“俺は鈍感だぞ”という顔をしていると、とんだしっぺ返しを喰らうことがある。対人関係にはある程度気配りが必要だといつも思うことである。“言うは易し行うは難し”である。

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