脱走(後編)
トルコ風の建物やモスクが建ち並ぶ通りを進むと、すぐその向うに国境検問所があった。ここでパスポートを見せる。案外と手早くスタンプが押され、20m程度の国境緩衝帯を歩くと南キプロス領内に入った。と言っても同じ一本の道なのであるが、検問所の手前と向こう側では全く雰囲気が違っていた。緩衝帯を抜けたすぐそこに南キプロスの検問所があるが、そこはフリーパス。そこからギリシャ風のお洒落な建物やレストランが並び、通りを歩く人の雰囲気までが解放的で明るい。少し開放的過ぎて困るくらい。
南キプロスに入ってすぐの場所にあるレストランで夕食をとることにした。検問所からわずか20mの場所である。パスタやパンケーキなどトルコ側には無いものがメニューに並んでいる。表示はすべてユーロ。ここではトルコ・リラは使えないと言われた。財布の中に20ユーロがあったので、それで食事した。それにしても同じ市内の同じ通りでこうも世界が違うものかと驚くことばかりである。
トルコ本国と北キプロスではトルコ人とロシア人、ヨーロッパから来た観光客しか見かけない。世界中大体どこの国へ行っても中国人や韓国人に会うが、トルコでは見かけない。私は純東洋風の顔立ちなのでトルコでは珍しがられる。小さな子供に泣かれたこともあった。南キプロスは住人であるギリシャ系のほかに中国系の東洋人やアフリカ系、インド系と様々な人種の人に出会う。女の人はトルコではあまり肌を出さないが、南キプロスの通りを歩く女性は悩ましい。殆ど裸に近い姿で歩いている人がいる。目のやり場に困った。親切心で「服装に気をつけて下さい。」と言ってあげたくなったが、警察を呼ばれても困るので辛抱した。
レストランのウエイターの話によると、1974年にトルコがキプロス島の北半分を占拠して以来この状態となり、今更どうすることもできないと嘆いていた。元々ギリシャ系キプロス人の国家であったキプロスはトルコに占拠されたという意識が南キプロス住民にあり、反トルコ意識が強い。一見平和に見えるこの通りも時々軍人が通る際衝突が起こることがあるらしい。
一外国人である私にとってはとても興味深い経験をさせていただいたのだが、彼らにとってはとても微妙でシリアスな問題なのだ。
因みに国際社会ではキプロスは一つの国家として認知されており、北と南で区別されてはいない。北キプロス共和国を承認しているのはトルコ政府だけである。EU加盟もキプロス全体として承認を受けたのだが、実態は北キプロスのEU化は進んでいない。トルコ本国も同様である。EU加盟を望みながらも、キプロス問題や独自路線の政策のためかまだEU加盟までに時間がかかると言われている。
南キプロスに入ってすぐの場所にあるレストランで夕食をとることにした。検問所からわずか20mの場所である。パスタやパンケーキなどトルコ側には無いものがメニューに並んでいる。表示はすべてユーロ。ここではトルコ・リラは使えないと言われた。財布の中に20ユーロがあったので、それで食事した。それにしても同じ市内の同じ通りでこうも世界が違うものかと驚くことばかりである。
トルコ本国と北キプロスではトルコ人とロシア人、ヨーロッパから来た観光客しか見かけない。世界中大体どこの国へ行っても中国人や韓国人に会うが、トルコでは見かけない。私は純東洋風の顔立ちなのでトルコでは珍しがられる。小さな子供に泣かれたこともあった。南キプロスは住人であるギリシャ系のほかに中国系の東洋人やアフリカ系、インド系と様々な人種の人に出会う。女の人はトルコではあまり肌を出さないが、南キプロスの通りを歩く女性は悩ましい。殆ど裸に近い姿で歩いている人がいる。目のやり場に困った。親切心で「服装に気をつけて下さい。」と言ってあげたくなったが、警察を呼ばれても困るので辛抱した。
レストランのウエイターの話によると、1974年にトルコがキプロス島の北半分を占拠して以来この状態となり、今更どうすることもできないと嘆いていた。元々ギリシャ系キプロス人の国家であったキプロスはトルコに占拠されたという意識が南キプロス住民にあり、反トルコ意識が強い。一見平和に見えるこの通りも時々軍人が通る際衝突が起こることがあるらしい。
一外国人である私にとってはとても興味深い経験をさせていただいたのだが、彼らにとってはとても微妙でシリアスな問題なのだ。
因みに国際社会ではキプロスは一つの国家として認知されており、北と南で区別されてはいない。北キプロス共和国を承認しているのはトルコ政府だけである。EU加盟もキプロス全体として承認を受けたのだが、実態は北キプロスのEU化は進んでいない。トルコ本国も同様である。EU加盟を望みながらも、キプロス問題や独自路線の政策のためかまだEU加盟までに時間がかかると言われている。
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