時が止まった

20年以上使い続けてきた腕時計が止まった。3年に一回程度電池を交換して使用してきた。海外出張先で止まるととても不便である。今回は片田舎での滞在であるため、時計屋はないし、あったとしても下手にいじられて壊されては困る。自分のからだの不調は病院へ行けばいいが、機械は慎重になる。帰国まで誰かに時間を聞きながら、生活するしかない。

いや、もしかするとこれは何かの警鐘かも知れない。もう何も考えず、何も気に止めずに日々歩きなさい、ということなのかも知れないぞ、と思う。機械的に仕事をこなしていた10年前までの自分のように神経を麻痺させて生活することが、今の自分にできるだろうか。否である。私自身は変化した。少し前までは鈍感力という言葉を好んで使っていたが、今では過敏なくらい変貌してしまった自分を発見することが多い。

周りで時間は刻一刻と過ぎ行くのであるが、私の時は止まってしまったのである。先へ進むことを考えず、後ろばかりを振り返りそうになる。元通りには決してならないと分かっていながら、過ぎた時間は返らないと分かっていながら、なすすべもない自分がいるのである。私はどんな人間であったのだろうか。

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