政治家

政治家を扱うのは大変である。今この国で行っている仕事は地元の県知事、郡知事、市長など実に多くの政治家たちが己の権勢を見せようと私たちの仕事を利用しようとする。表向き私たちとは良好な関係を見せてはいるが、内実はこの仕事に心から協力しようという意思はない。この種の人間が実はこの国を発展させない元凶の一つになっていると私は思う。そういう社会構造なのかも知れない。名声、権力、金、自己顕示欲、言葉は悪いが、多かれ少なかれ各国の政治家と呼ばれる人種に共通した負の要素である。
真正面から日常付き合っていると疲れてくる。何故ここでこの仕事をしているのか。あなたの地元の益になることができると思うからである。そのためには「これをこうしてください。」と具体的なアイデアや計画を作ろうとしても、政治家本人とその配下にある人達は動かない。自分たちの都合が最優先であり、文句こそ言え自分の責は何一つ認めようとしない。今日話し合い承認いただいた事柄も次回面会すると言うことが変わる。
翻って我が国を見ても、政治家は基本的に同じだ。謙虚さが足りない。私は日頃から思うのだが、何故日本では政治家を“先生”と呼ぶのだろう。私たち選挙民が選んだ代表というだけである。私たちの意見を公の場で述べる責務を負っている人たちだ。学校の教員は人を育てる。学を授ける。だから生徒からすれば先生である。私自身は少し抵抗はあるが医師もいざという時に命を助けてくれるから先生でも良いかも知れない。しかし政治家を先生と呼ぶのは大変抵抗がある。私たちはへりくだり過ぎてはいないか。
心から“先生”と呼びたくなる尊敬できる政治家がどれほどいるだろう。私には皆無である。多くの国において私は政治家と呼ばれる人種に実に失望し、また彼らに日常振り回されている自分自身に嫌悪感すら抱くのだ。言うべきことは言っているが、彼らには響かないようだ。

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