タマダ
日本は世界一の長寿国と言われていますが、同様に長寿の人が多いことで知られているコーカサス地方。カスピ海と黒海に挟まれたこの地方にあるグルジアを訪れました。グルジアは1991年ソビエト連邦の崩壊と共に独立した国ですが、旧社会主義国家であった国々と同様に、市場経済化への歩みは遅く、国家経済は大変厳しい状況です。ソビエトの指導者であったスターリン生誕の地がありますが、昔から現在に至るまで長年ロシアとの反目もあり、市場経済化を進めるにあたっては独自路線をとらなくてはならず、国民生活もかなり窮乏している状況下にありました。首都トビリシにある主要な官庁も電気代節約のためと設備の老朽化のため、電気の供給がストップしているところが多くあり、11月ともなると0度近い寒さの中、オフィスでも外套を着なければ仕事ができません。午後3時を過ぎると暗くなるので、建物の中では文字を読むことができなくなります。
人々の暮らし向きは大変で、生活と仕事が保障されていた社会主義時代の方がずっと良かったというお年寄りは多いのです。でも、生活には窮乏していても、子供の教育や芸術に対する人々の力の入れようは大したもので、ボロボロのバイオリンケースを担いで音楽教室へ急ぐ子供たちをよく目にしました。多くの国では食べることが何よりも優先で、教育は後回しになることが多いのですが、この国では違っていました。物質的には厳しくとも、人の心は豊かであることが感じられました。
農村に行くと、自給自足に近い生活でした。現金はなくても自分たちの食糧は自分たちで何とかする、という感じです。驚いたのは90歳、100歳というお年寄りが畑仕事をしているのです。感動を覚えました。日本のお年寄りより元気です。何故でしょうか。
それは地域の人々がお互いを支えあっているからだと思いました。“タマダ”という慣習があります。これはグルジアに限ったことではありませんが、旧ソビエトを構成していたいくつかの国に共通しているようです。村落部では今もなおこのタマダが健在で、ある家の主人が呼びかけて、近所の人がその家に集い、人の輪ができます。冬の寒い時でも多くは庭で行うことが多いそうです。そのホスト役の家は自家製のウォッカやワイン、ジュース、料理をふるまい、集った皆にふるまうのです。特別なご馳走があるわけではありません。家で焼いたパンと畑で収穫した野菜と果物、ヨーグルトなどが中心です。でもただ食べて飲むだけではありません。皆が最初の一杯をいただく前に、ホストがまずスピーチをします。スピーチはまず神への感謝からはじまり、天下国家の話、地元の有力者への謝辞、集った皆に対するお礼、妻への感謝、家族の健康、そして集った一人一人の健康と最近の話題と続いていき、仕舞にはトナリの飼い犬の話にまで至ります。その長いスピーチの間、招かれた人は食べることも飲むことも許されません。ホストのスピーチがようやく終わると、“乾杯”です。昔は牛の角をくりぬいた杯を使用していたので、完全に飲み干すまでテーブルの上に置くことができなかったそうですが、今はコップになっています。食べて飲み、わいわい始まりますが、ホストは自分がスピーチを終えた後、次のスピーチをする人を指名します。指名を受けた人は拒否権がなく、また長いスピーチとなります。そしてまた次の人・・・と延々と続きます。スピーチの上手な人もいれば、そうでない照れ屋さんもいますが、それは関係ないようです。2人目のスピーチからは飲食も大丈夫ですので、酒の勢いも手伝って、数人終えると皆かなり酔っ払っています。スピーチをする人も酒臭い息を吐きながら、顔を紅潮させて話します。これは特別な会合ではなく、割合頻繁に行われるそうです。村への来訪者も招かれて歓迎を受けます。 こうして同じ村の者同志、時には村の外の人まで含めて、家族の健康や趣味、子供のことなどを知ることによって絆を強めているのです。お年寄りもここでは孤独ではないのです。誰かが困っていると村で助け合うのです。これがあるから、経済的には厳しくても心は豊かでいられるのだなあと関心しました。長生きの秘訣かも知れません。
タマダとは違いますが、私も福島に住んでいた頃、近所の農家のおじさんの家の縁側でお茶と漬物をいただいたことが時々ありました。その時のことを思い出しました。今の日本の社会は、ご近所でも知らない人ばかりで、殆ど話をすることは無くなっているのではないでしょうか。核家族化が進み、地域の結束力や相互扶助といった意識はなくなった気がします。
グルジアから帰国して、私は今住んでいる近所でタマダもどきをしたいと思いました。話を聞いて関心を持ってくれた人はいましたが、それで終わりでした。
写真(上)は冬の寒い屋外でのタマダの様子。自家製のウォッカはかなり強い。皆ストレートでグビグビ飲んでいる。ビックリ。写真(下)はタマダに使われていた杯。牛の角でできている。今ではお土産として売られている。


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