テーマ:ふるさと

夢の跡

ここには昔我が家が建っていた。小学校の5年生から中学2年の途中まで3年半程度であったが、ここで暮らした。今思えばここに私の原点があり、すべてがあった。庭には父が造った小さな池があった。4kmもの学校からの帰り道、道端の小川や田んぼで捕った魚を持ち帰ってきてその池に放した。フナ、ハヤ、ドジョウ、コイなどがいた。金魚を買ってきては同じ池に放…
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田園

久しぶりで「田園」を聴いた。ふるさとの懐かしい光景が蘇った。青田を涼しい風が吹き抜け、私の真横をシオカラトンボがツッと羽音を立てて過ぎていく。何十年たっても私の中のふるさとは色褪せることなく私に少年だったことを思い出させる。もう人生も終盤が迫ろうとしているのに。
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ふるさとの笑顔

どんなに辛い事態であっても、そこに暮らす人々は諦めてはいない。生きることに一生懸命だし、喜びを見出そうと頑張っている。私の昔の友人たちも恩師も原発事故後の風評被害や心配される大気や土壌の汚染に悩まされながらも、逞しく大地に根を張って今を生きている。その姿は昔と変わらない。 40年近くが経っているのに、時の隔たりは問題ではなかった。…
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ふるさとは待っていた

北へ旅立った。およそ10年ぶりの帰省だった。北上するにつれ緑が濃くなっていく。田んぼの鮮やかな若緑色が目に優しい。どの緑も生き生きと躍動して私の前に広がっている。宇都宮を過ぎると、山と森が私を誘う。もっと北へ、と。山々を越える。さらに北へ、と。杉の木立の一つ一つが懐かしい。 昔からある大きな屋根の農家が数軒見えてくる。私の心は何十…
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人と自然と困難と

結局人はどこかでつながっているものだから遠慮は要らない。今回の大惨事で被災された方々を包み、数多くの日本人そして日本を知る多くの外国の人が応援している。何故って、人はいつ災禍に遭遇するかわからないのだ。次は私たちかも知れない。こんな時だからこそ手を差し伸べる。こんな時だからこそ団結する。お互い遠慮なく、お互いを必要とする仲になりたい。 …
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苦しみの中

心のふるさとのために、愛するもののためにという言葉が偽善でも欺瞞でもないことを自分に納得させるために歩を進めなくてはならない。思慮深さも必要であろうが、何よりも心を落ち着かせることだ。毎日お祈りのように文面に連ねているが、こうしていなければ心が静まらないのだ。どれくらいこの気持ちを飛ばせば良いのであろうか。何にも期待をせずに、ひたすら己…
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想い

東京では今日桜が開花してきた。まだたくさんある枝のほんの一部の蕾が開き、可憐な姿を現したところであるが。これから日増しに桜前線は北上し、ゴルデンウィークには弘前あたりまで急速に桜色に染まるだろう。 しかし、今年は大震災のため桜に心打たれて愛でる人々は東日本では少ないだろう。これから急ピッチで震災復興支援を始める時である。海沿いを中…
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微風

寒さと暖かさが交代でやってくるこの季節には何があると言うのだろう。暦の上では春。寒暖を繰り返しながら、確実に日中の気温は高くなっている。だがからだにとっては少し酷な変化である。いつの頃から季節の変わり目にからだは敏感に反応し、体調を壊しやすくなったのであろう。記憶を遡ると、子供の頃は全く何も感じていなかった。 軒下のつららが少しず…
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ふるさとの匂い

晩ご飯を食べに入ったら、隣の席にいた人が同郷の人であった。独特の方言が健在だった。私はつい嬉しくなり、その人に話しかけた。私よりも随分若い人だったが、福島の香りがあった。懐かしさのあまり、話し込んでしまった。どの町のどこにはこんな店が今でもあるよ、とか、デパートのうすい(地元では老舗のデパートで私が子供の頃からあった)も今日も営業してい…
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願わくばさすらいの旅人になりたい。目的地を持たず気の向くままに旅に出るのである。数ヶ月、数年どこかの町や山の中を移動しながら歩き回るのだ。気に入ったところに長く留まり、その土地にいる人々と親交を深めたい。おそらく日本の昔の人々もそうしたに違いない。旅に出て美しい自然の姿や異文化に触れ、その人は多くを学び人生に感動を覚えることだろう。そし…
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ふるさとの空気

今年もすでに10月下旬、晩秋の気配が漂っている。ふるさとはもうかなり寒くなっていることだろう。東京ではまだ薄着の人がいるが、福島の町を歩く人は今頃もうジャンパーや外套を着ている人が見られることだろう。素朴で懐かしい言葉が聞こえてくるようだ。「さむくなったねぇー。」って。きっと駅前の空気もひんやりしていることだろう。私は長いこと福島へ帰っ…
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春の気配

2月1日(日)東京は風が強かったが良い天気であった。家の近くにある学校の塀沿いに白梅が開花した。よく見ると雀より一回り小さなうぐいす色をした小鳥が白梅の枝の間をせわしなく飛んでいた。メジロである。もう春の気配が近づいてきたようだ。まだ風は冷たいが、一歩一歩春が来ているのである。 ふるさとの春を想い出す。丁度4月上旬の学校の入学式の…
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ふるさと自慢

最近日本の各県別の県民性や特徴のある慣習などを取り上げたテレビ番組を見た。狭い日本とは言ってもこれほどにも県によって習俗や慣習に特徴があるものかととても興味深い。面白いのは、インタビューに答えた方々はその慣習が全国に普遍のものと思っているところであり、そうでないことを告げられたときの驚きようだ。 例えば、秋田県では“マイ缶詰”…
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どじょうの詩について

ふるさと  私にとってふるさとは何か?  私は1961年大阪府堺市に生まれました。4歳の時父の転勤の都合で福島県郡山市に移り住み、以降10年間自然豊かな土地で少年時代を過ごしました。学校からの4キロの帰り道、友だちと自然と戯れながら楽しい日々を過ごしました。中学校2年生の時、再び父の転勤で大阪へ引っ越すことになり、私は友だち…
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